今回は、百閒先生の住処、所謂「三畳御殿」を訪問した。
最早、年月は早いもので、百閒先生がこの世と別れを告げて三十二年。しかも変化の激しい東京都心部であるから、その痕跡はまず無いだろうと予想して出か
けた。
なお、ついでに「三畳御殿」の前に住んでいた、五番町の家と、その家が空襲で焼けたために隣家・松木家に焼け残った三畳の掘建小屋のあったとおぼしき場
所も写真に撮っておいたので、公開したい。
周辺地図（Yahoo地図）はこ ちら。
上は五番町の現状。
左の写真が、五番町十四番地。『新潮日本文学アルバム
内田百閒』（新潮社、平成五年）に掲載されている中村武志氏のメモを頼りに推測すると、このビル（光文書院）が掘建小屋のあったところか？小さいが写真手
前から真っ直ぐ正面に向かっている道の途中には隣の国際中正会館の門があり、三畳の掘建小屋へ入る門と位置関係も合っていると思うのは恐らく錯覚であろう
（笑）。
右が五番町十二番地。
写真の建物は番町会館。
五番町の家は十二番地にあったのは前掲書に掲載されている百閒先生の名刺から確認。焼け出されて、「隣家」の松木家の掘建小屋を借りたのは前述の通り。
この後、百閒先生の名刺の住所は印刷された十二番地を消して、十四番地に書き換えている。十二番地の家の隣が松木家（＝十四番地）なので、取り敢えず番地
は現在も変わっていない事を前提に中村氏のメモと併せて考えると、掘建小屋が光文書院ビル、五番町の家が番町会館の位置だったと推測出来る。
勿論、番地が現在と違うのであれば掘建小屋の位置はともかく（道路まで変えたとは考えにくい）、十二番地の家の位置はここでの推定位置よりずれる事にな
る。
※追記
確か平山氏の文章だと思ったが、この光文書院ビルが掘建小屋の位置である旨。
典拠を探してもどうしても見つからないので、不確定情報扱い。
「長い塀つい小便がしたくなり」 百閒
この写真は十四番地、上の光文書院ビルの隣の隣にある東京中華学校の塀。
掘建小屋があった頃も長い塀があったそうだが、今も塀が続いている。
現、三畳御殿跡。
六番町六番地。
こんな何の変哲も無い風景を撮る人間はかなり怪しい（笑）ので、ビクつきながらシャッターを切った（実際、通行人に物凄く不審な目つきで見られた…）。
分かり難いかもしれないが、写真手前の道に僅かな傾斜がついている。ここにはかつて数段の石段があり、あがった所に門、入って突き当たり左手すぐにあの
有名な「春夏秋冬 日没閉門」の札がかかっていた門柱があった。
この写真正面、ガレージの屋根のあるあたりが、三畳御殿の一番右端にあたる様だ。
今にして思えば奥に入って、門柱の位置の写真を撮るべきであったが、マンションの裏を写真に撮るのは相当怪しいのでよして良かったかもしれない（笑）。
ちなみに、写真正面にある家、門がいい雰囲気を出してました。まるで百閒先生の家の様な…と言うとオーバーかな？（笑）
上の写真は、番町小学校（多分）正門。
百閒先生の家の隣にある学校とは、ここの事。
ボールが入ったからと先生宅の庭に断りも無く生徒を引き連れ侵入したり、教材に使うからと先生宅の桜の小枝を教師監督の下、生徒が一斉に折りだしたり、
日曜日に校庭に入って、塀にボールをぶつけ、先生の家の庭にボールを落っことし、庭を滅茶苦茶にする餓鬼、いや御子様衆が居た、百閒好きにとってはまさに
不倶戴天の敵の連中が居た学校はこの学校である（何の事か分からない人は『波のうねうね』所収の「まなじりを決す」参照。講談社版全集第九巻に収録）。
教師・生徒とも全く以て教育のなっていなかった（今は知らない）不届きな学校である。
今回は旧宅跡を巡った訳だが、予想通り百閒先生が住んでいた事を偲ばせる様な物は皆無であった。
言われなければ、ここに昔、稀代の名文章家が住んでいた事など分からないだろう。もちろん、記念碑の類も一切無い。
そういう点では、現地を訪れても今ひとつ面白みに欠けるかもしれない。
ちなみに、先生ご自身で「私の家は四谷・市ヶ谷、どちらの駅からも近い」と言っていたが、どちらかと言えば四谷からの方が近いし、分かり易い。旧宅巡り
をされる方は四谷からのスタートにした方が良いだろう。
参考資料
『内田百閒全集 第九巻』（講談社、昭和四十八年）
『内田百閒全集 第十巻』（講談社、昭和四十八年）
『新潮日本文学アルバム 内田百閒』（新潮社、平成五年）
『東京都全住宅地図案内図帳 千代田区南部』（住宅協会、昭和三十七年）
『全住宅案内地図帳 千代田区全区』（公共施設地図航空、昭和四十五年）
『ゼンリン住宅地図 東京都千代田区』（ゼンリン、平成五年）